前兆
2019年8月12日、早朝4時、昨日の微頭痛はまだ続いていた。行動できない程のものではなかったので、このときは軽く考えていた。ただし、体調を優先して燕岳の登頂はあきらめた。燕岳は、縦走路とは反対の方向にあり、往復で1時間かかるからだ。そして、この日は、最後まで頭痛に苦しむことになる。
快調なスタート
午前5時、朝焼けの中、燕山荘を大天井岳方面に向かって出発した。山荘の前にはすでに大勢の人がいて、朝日を写真に収めたり、記念撮影をしていた。
早朝の縦走路は爽快だった。右側には、槍ヶ岳から穂高までの山々の端が、朝日を浴びてオレンジ色に輝いている。以前にこれらの山々を縦走したことがあり、それを思うと非常に感慨深い。
縦走路は上り下りを繰り返し、大天井の頭で一旦ピークを迎える。すでに、頭痛はなくなっていた。ここから、大天井岳へは300メートル程標高を下げた後に再び登る。この登りが長く、辛かった。日差しは容赦なく照り、風もほとんど吹いていない。身体は火照り、この登りで相当の水を飲んだ。
大天井小屋に着いたのは、午前9時過ぎだった。大天井岳山頂は、縦走路を少し外れたところにある。約10分程で行けるので小屋前に荷物を置いて行くことにした。
山頂はさほど広くはないが、なだらかになっていて登山者が大勢いた。西側は、槍~穂高のパノラマ風景が曇ることなく眺望でき、東側には、雲海が広がり、山々がまるで島のようだった。どの方向も絶景だった。
再びの頭痛
大天井岳からしばらくは比較的なだらかな縦走路になる。数百メートル先の縦走路を、猿の群れが横切っていた。人間が通ることなど、まるで気にしていないかのようだ。なかなか横断する群れが途切れないので、昨日の32倍ズームカメラを試してみた。うまく猿を捉えることはできたが、こちらを馬鹿にしているのか、尻しか向けてくれなかった。
しばらく行くと、緑の草原が美しいところに出た。何とも形容しがたい鮮やかさなのだが、周囲の登山者の1人が、「昔のWindowsの壁紙みたい」と呟いた。Windows XPの頃だったと記憶しているが、デフォルトで起動したときの壁紙である。実に、的を得た例えであったのでパクらせてもらった。
この頃から、再びキリキリ頭痛が出始めた。首から肩にかけてだいぶ凝っている。標高は約2800メートルであったが、ここまで長引いた高山病は初めてだった。大体いつもは、半日も経てば治まってくれたのだが。
高山病? 熱中症?
この日は、常念岳の手前の常念小屋のテント場がゴールだ。ここは、「常念乗越」というところで、標高を一旦2488メートルまで落とす。目の前には、常念岳への急登が立ちはだかるようにそびえ立つ。
テント場に着いても、頭痛は収まらない。逆にどんどんひどくなっていった。本当に高山病なのだろうか。電波が入るところだったので、横になりつつ調べてみた。いくつかの記事を読んでみて、高山病ではなく熱中症なのではないかとの疑いを抱いた。この2つ、初期症状がいずれも「頭痛」で、非常に似通っている。大雑把に言うと、酸素が不足しているのが高山病で、水分・塩分が不足しているのが熱中症のようである。多分、朝までの頭痛が高山病で、大天井岳から先の頭痛が熱中症だったのではないだろうか。思い当たる節は多々ある。
・長時間、直射日光に当たり身体が火照っていたこと。
・大量の汗をかき、大量の水を飲んだが、塩分については普段と変わらない摂取量だったこと。
・休憩中、身体を冷やすと、症状が幾分か和らいだこと。
さて、症状が拡大したのは、おそらく塩分不足であろう。普段、塩飴やタブレットを持ってくるのだが、今回はそれを失念していた。
夕食は、塩気あふれるメニューにした。多めの味噌でうどんを煮込み、塩麹につけた鮭の切り身を投入した。少々食べるのが苦しかった程だ。食べ終わった直後、動く気力もなく、なるべく楽な姿勢で就寝した。
夜中に、目が覚めた。頭痛は完全に治まっていた。首・肩の凝りもなくなっていて、嘘のように身体が軽い。やはり、熱中症で、塩分と水分のバランスを崩していたようだ。
外に出ると、星空が素晴らしかった。月をバックに槍ヶ岳が見える。ただ、残念なことに私のカメラではその光景を収めることはできなかった。